ハワイ〜日系人の歴史・ハワイは人が優しい、親切だなと感じることが多いです。

ハワイにきてやさしいな、人が親切だなと感じることが多いです。

ニューヨークで感じたようなスピード感や英語わからないときの冷たい対応などと比べると、ハワイの人はやさしい。田舎だから? アロハの精神? 確かにそうだと思います。

しかしハワイに住む日本人の人が口々にいうのは、なによりもハワイでは日本人の地位が高いというのです。その理由は、ハワイの歴史の中にありました。

ハワイに日本人がやってきたのは1860年ジョン万次郎が通訳したというカメハメハ4世の謁見でした。その時砂糖産業が盛んだったハワイへの移民要請を受けたそうです。その後カラカウア王が明治天皇に謁見し正式要請を受けたため、1885年に明治政府の認めた「官約移民」が開始されハワイ王国が終焉までに2万9000人が移住したそうです。

その後も多くの日本人が移住しますが、米国が支配するようになり、奴隷と同様にみなされ過酷な労働を強いられます。

この最初に移り住んだのが日系1世ですが、2世は英語教育と熱心な親からの日本語教育を受けてバイリンガルになります。

日本人の両親との日本文化の生活、しかし外に出れば英語でアメリカ文化の両方を受け入れていた日系2世(日系アメリカ人2世)にとって、衝撃の出来事、それが真珠湾攻撃でした。

親の国が攻撃してきたのです。大統領令で日系人と家族はすべての持ち物を没収され、アメリカ本土の日系人はみな強制収容所に入れられます。ハワイはあまりに日系人が多かったためにリーダーの1500人の1世、2世が強制収容されたそうです。

ハワイ生まれの2世たちは自分たちの忠誠心を示すため、祖国(アメリカ)に尽くすために軍に志願をしますが忠誠心を疑われ受け入れられませんでした。そこで労働奉仕を行う工兵グループをつくり素晴らしい働きをします。これが認められて日系人の志願を受け入れるようになるのですが、そこで伝説の「第442連隊戦闘団」が結成されます。日系人で結成されたこの連隊は、アメリカ戦史上最も勲章を受章した部隊でヨーロッパ戦線で猛烈な死闘を繰り返します。

彼らがなぜそれほどの闘いをしたのか、それは「米国への忠誠心を示し偏見に打ち勝つため」でした。彼らは今自分たちがやらなければ日系人の将来はないとわかっていたのです。そしてそれはハワイに住む大切な家族のためです。この部隊の話は全米に広がり日系人への感謝と敬意を得ることになるのです。

終戦後、バイリンガル2世たちは通訳として日米の交渉や法律の制定などで活躍します。日本とアメリカの架け橋となって日本の復興を助けたのです。ダニエル・イノウエ上院議員など2世退役軍人たちは日系人やアジア人に米国籍を認める法案をつくり、ハワイをアメリカの州に昇格できるように働きかけました。そして1959年にハワイはアメリカの50番目の州となりました。

また軍事基地であったハワイの復興にも尽力し、日本文化を広め世界一のリゾート地となっていく課程でも大きな役割を果たします。

今の日本人の地位を作ってきたのはこの方々がいたからなのです。そこから3世、4世、今は5世たちの時代となります。一時は日本語を話さなくなり離れた時期があったようですが、今はまた日本ブーム。日本とハワイの文化交流が盛んで日系アメリカ人も日本語を学んでいるそうです。

実は私が図書館に行った際に、この日系人の歴史がパネル展示されているコーナーがありました。見始めてすぐに私は釘付けになり20枚のパネルを丁寧にみて感動で涙しました。この方たちの頑張りが縁をつないできたおかげで今のハワイがあり日本があるんだ。その境遇の中で必死に生きてきた人たちがつないでくれた歴史を忘れてはいけない。そういう熱い思いがこみあげてきました。

ハワイの文化と共に歴史の話はもっと学びたいと思っています。またみなさまにもご紹介できればと思います。

Mahalo♡

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