ハワイの歴史〜独特の文化、価値観の背景にあるもの

ハワイには独特の文化や食、そして独特の価値観があるように思います。

この太平洋に浮かぶ小さな島々が魅力的なのは異文化の共存とベースにあるネイティブハワイアンの精神です。

例えば食をとってみると、ポケ丼(マグロ丼)、カルアポーク(豚の細切り)、ロコモコ(薄焼ハンバーグ)、カレーンカツ(チキカツ)、マラサダ(ポルトガル揚げドーナッツ)これらは、どれもローカルの人達が食べているものです。

ハワイアンフードとは伝統料理のみを指し、移民による料理はロー カルフードといった呼び方をされます。それはどうやって培われたのかを考えると歴史をみなければならないと思いました。

ということで、今回はハワイの歴史に触れたいと思います。

<ハワイの歴史の流れ>

●ポリネシア人の渡来

ハワイは1500年前に無人島だったハワイ島にポリネシア人がカヌーに乗ってやってきたことが始まりだそうです。

その500年後にはタヒチから多くの移民がくるようになり、古代ハワイの信仰の基礎となる思想が持ち込まれました。ハワイ文化はフラという芸術やサーフィンというスポーツが生まれ栄えるのですが、政治的には酋長による土地分割の争いが頻繁に起こっていました。

●キャプテンクックの来航

1778年に英国のキャプテン・クックがハワイを「発見」するのです。ハワイの人は見たこともない大きな船に恐れおののき神の化身かともてなしたそうです。しかし出航したのに嵐にあってハワイに戻ったクックは神ではなかったことがわかり殺害されます。

●ハワイ王朝の成立

島ごとに大族長が治めていたハワイでしたが、カメハメハ大王がハワイ諸島全域を1810年に統一して1つの王国とし、ハワイ王国が誕生します。古代の神を崇拝し厳しい階級社会で統治していきます。

●キリスト教宣教師たちによる西欧化

1820年、最初のプロテスタント宣教師が上陸し布教活動を展開します。合わせて教育をすることでハワイは次第に西欧化していきます。

●ハワイ王朝の繁栄と終焉

ハワイは船乗り、貿易商、捕鯨漁民の集まる港となり栄えました。西洋の影響は拡大していき、ついに1893年、ハワイの経済をほぼ支配していた米国からの入植者が、ハワイ王国支持者であるハワイアンと対立しながらも、王国を平和的なクーデターで転覆。1898年、ハワイは米国の属領となりました。

●産業と移民 

20世紀になると、砂糖とパイナップル農園がハワイ経済を牽引し、日本人、中国人、フィリピン人、ポルトガル人の移民が押し寄せました。ジェームス・ドールの事業の成功でラナイ島は世界でも有数の輸出用パイナップルの産地となり、「パイナップル島」として有名になりました。こうしてさまざまの移民が入ることでハワイの人口構成は非常に多様になりました。

●軍事の拠点 アメリカの州に。

世界が大きな戦争のなか、太平洋の中にあり補給地として重要なのでアメリカはハワイを軍事拠点としました。

26万人のハワイに100万人の軍人と10万人の新しい労働者がきます。真珠湾攻撃、第二次世界大戦の終結により、ようやくハワイに日常が戻ります。

そして1959年、ハワイは米国50番目の州となりました。なんとハワイがアメリカとなってまだ60年、戦後のことなのですね。

●観光地のハワイ

アメリカの州となって10年で多額の資金を投じ、ハワイは観光地として整備されることになります。リゾート地開発とインフラの近代化を行い、一大リゾート地となったハワイは世界中から観光客が訪れる人気の場所となりました。日系が多かったハワイには日本からも経済発展に伴い多額の資金が入ります。

今でもハワイにくる外国人は日本人がトップです。

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先住民が文明の進んだ外国に「発見」されて教育、文化、経済によって土地を奪われ、属国となり軍事拠点とされその国に吸収されるという流れは世界中で起こったことだと思います。

でもハワイというこの離れた小さな島々で育まれた独特の文化、ネイティブハワイアンの大事にしてきたものは観光地となったハワイにおいての大きな魅力をもって息づいています。

また産業労働力として、軍事拠点とて多くの移民が入ってきたことで人種が混ざりあったこともハワイの大きな特徴ですね。

歴史の話を先にしておかないとハワイの文化の話ができない気がしたので、かなりおおざっぱでしたが触れてみました。私も勉強中ですのでこれからも時折ハワイの歴史のご紹介できればと思います。

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